2014年2月28日金曜日

バルシャイ&ケルン放送響のショスタコーヴィチ:交響曲全集 その3

ロシア出身の指揮者
ルドルフ・バルシャイ(1924.8-2010.11)が

68歳から76歳にかけて(1992.9-2000.9)、
ドイツのケルン放送交響楽団と録音した

ロシアの作曲家
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ
(1906.9-1975.8)の交響曲全集
3枚目を聴きました。


ショスタコーヴィチ
交響曲 第5番 ニ短調 作品47
交響曲 第6番 ロ短調 作品54

ケルン放送交響楽団
ルドルフ・バルシャイ(指揮)
録音:1995年7月3日-8日、1996年4月26日(第5番)。1995年10月17-20日(第6番)。フィルハーモニー、ケルン
【BRILIANT 6324-3】

交響曲 第5番 ニ短調 作品47 は、
ショスタコーヴィチが31歳の時(1937.1)に初演された作品です。

前年(1936年)1・2月に、
ソヴィエト共産党機関紙『プラウダ』誌上で
深刻な批判を受けたことから、

年末(1936.12)に予定されていた
交響曲第4番の初演を撤回した後、

間もなく初演されたのが交響曲第5番でした。

初演が大成功をおさめた結果、
ショスタコーヴィチは粛清の危機を免れ、
名誉を回復することになるわけですが、

この時、
共産党にべったりの陳腐な曲を書いたとしたら、
後の、芸術家としての評価に傷をつけることになりますし、

そのまま我が道を突き進んで、
逮捕、処刑されることになれば、
芸術家以前に、人としての生命を断たれるわけですから、

恐らく精神的にも肉体的にも
危機的な状況のもとで作られた1曲だったと推測されます。


そんな中、出来上がった音楽は、
複雑な経緯のもとに作られたとは思えない、
誰にもわかりやすい作品に仕上がっていて、

ショスタコーヴィチの作品中、
随一の人気を誇るのは皮肉な感じがします。

個人的には好きな曲ですが、
作曲者本人にとっては複雑な心境にならざるをえない作品だったかもしれません。


さて演奏ですが、

肩の力を抜いて、
オーケストラを過不足なく鳴らし切ることに重きをおいた
純音楽的な演奏です。

バーンスタインのように、
強い意志の力によって引き摺り回すように演奏されることの多い中、

背伸びをせずにふつうにオケを鳴らせば、
それで十分に感動させられる傑作であることがわかりました。

はじめのうち肩透かしをあったようにも感じたのですが、
曲自体の美しさを楽しめるので、こちらの方が好きになってきました。

作品本来の真価をしめす名演だと思います。


交響曲 第6番 ロ短調 作品54 は、
ショスタコーヴィチが、33歳の時(1939.11)に初演された作品です。

作曲の経緯についてはよくわからなかったので、
また勉強したら書いていきます。

今回初めて聴きました。
感想をまとめておきます。

習作的な印象のあった、
実験的な要素の多い交響曲第2・3番が、
より深化した作品のように感じました。

第2・3番の時は、
どこをどう聴けばよいのかわからなかったのですが、

第6番は一つの芸術作品として
それなりにまとまりが感じられ、
全体をふつうに聴き通すことができました。

第5番のすぐあとに第6番を聴くと、
印象が全然違うので面食らうのですが、

第2・3・4番の流れからみると、
ショスタコーヴィチの本来の姿が現れている作品のようにも思われました。

ぜひ他の演奏も聴いてみたいです。


※Wikipediaの「ルドルフ・バルシャイ」「ドミートリイ・ショスタコーヴィチ」「交響曲第5番(ショスタコーヴィチ)」「交響曲第6番(ショスタコーヴィチ)」を参照。

2014年2月24日月曜日

豊中混声合唱団による 高田三郎 作品集 vol.1

日本の作曲家
高田三郎(1913.12-2000.10)
の混声合唱曲「わたしの願い」「水のいのち」「橋上の人」「心象スケッチ」「稲作挿話」「ある朝の歌」を、

作曲家ご本人が指揮する
豊中混声合唱団の演奏で聴きました。
※高田は本来「髙田」が正しいそうです。


豊中混声合唱団による 高田三郎 作品集 vol.1
混声合唱作品集Ⅰ

1) 混声合唱曲「わたしの願い」(作詩 高野喜久雄)
   Ⅰ いま わたしがほしいのは
   Ⅱ 雲雀にかわれ
  〈第29回定期演奏会 1989年7月1日 ザ・シンフォニーホール〉

2) 混声合唱組曲「水のいのち」(作詩 高野喜久雄)
   1 雨 / 2 水たまり
   3 川 / 4 海 / 5 海よ
  〈第30回定期演奏会 1990年7月6日 ザ・シンフォニーホール〉

3) 混声合唱組曲「橋上の人」(作詩 鮎川信夫)
   一 / 二 / 
  〈第28回定期演奏会 1988年7月2日 ザ・シンフォニーホール〉

4) 混声合唱組曲「心象スケッチ[付・稲作挿話]」(作詩 宮沢賢治)
   1 水汲み / 2 森 / 3 さっきは陽が
   4 風がおもてで呼んでいる
   ・ 混声合唱曲「稲作挿話」
  〈第37回定期演奏会 1997年7月12日 ザ・シンフォニーホール〉

5)「ある朝の歌」(作詩 三好達治)
 〈第26回定期演奏会 1986年7月5日 ザ・シンフォニーホール〉

指揮:高田三郎
ピアノ:中村有木子 ※4)を除く。
豊中混声合唱団

【GVCS 10805】

混声合唱曲「わたしの願い」は、

髙田三郎が47歳の時(1961.11)に初演された作品です。
髙田が75歳で指揮した時(1989.7)のライブ録音です。

混声合唱組曲「水のいのち」は、

髙田三郎が50歳の時(1964.11)に初演された作品です。
髙田が76歳で指揮した時(1990.7)のライブ録音です。

混声合唱組曲「橋上の人」は、

髙田三郎が55歳の時(1969.11)に初演された作品です。
髙田が74歳で指揮した時(1988.7)のライブ録音です。

混声合唱組曲「心象スケッチ[付・稲作挿話]」は、

髙田三郎が55歳の時(1969.2)に
「水汲み」「森」「さっきは陽が」「稲作挿話」の4曲
が初演されました。

その後61歳の時(1975.11)に
「風がおもてで呼んでいる」の1曲
が初演され、「稲作挿話」に替わる終曲とされました。

髙田が83歳で指揮した時(1997.7)のライブ録音です。
この時は、
 「水汲み」
 「森」
 「さっきは陽が」
 「風がおもてで呼んでいる」
 「稲作挿話」
の順で演奏されました。

「ある朝の歌」は、

髙田三郎が43歳の時(1957)に作曲された作品です。


  ***

高田三郎のことを知ったのは、

宇野功芳(1930.5-)氏の著書で
「水のいのち」が絶賛されているのを読んだのがきっかけでした。

早速、宇野氏の指揮するCDで、
「水のいのち」と「わたしの願い」を聴いてみると、
はじめはあまりピンと来なかったのですが、

時折、想い出すように取り出して、
繰り返し聴いていくうちに、

詩と曲の世界観がぴったり馴染んで来ると、
じっくりと心の底から揺さぶられるような、
深い感動を覚えるようになっていました。

今は自分の中で、
特別な位置を締める存在となっていますが、

よほどの難曲なのか、CDで、
素直に感動できる演奏に出会うことは稀でした。


作曲家本人の指揮による
豊中混声合唱団のCDは、

ある動画サイトで、
各曲30秒ずつ紹介しているのを聴いて、
他とは次元のちがう表現力に驚いて購入したものです。


作曲家本人が必ずしも
良い指揮者であるとは限らないのですが、

高田三郎の指揮する
豊中混声合唱団の表現力は圧倒的です。

全体的にゆったりとしたテンポで、

詩をよくよく慈しみながら、
言葉に合わせた自在な表現が実現されており、
曲の内容がどんどん心に入って来て、
深く心を動かされました。

感動の深さ、では、随一の演奏だと思います。


  ***

「わたしの願い」と「水のいのち」は、
宇野氏のCD以来、聴きなじんできた曲。

「橋上の人」と「心象スケッチ」と「ある朝の歌」は、
今回初めて聴きました。


この中でのベストは「水のいのち」です。

ゆったりとしたテンポで、
詩の一語一語を慈しみつつ紡ぎだされていく自在な表現に、
この曲の魅力を新たにしました。

「わたしの願い」は、
録音が少し飽和気味なところがあるのが残念ですが、
訴えかけてくる力のとても強い演奏です。


初めて聴いた中で、

「橋上の人」は、厳しい音楽です。
今の私には厳しすぎる感じがして、好きにはなれませんでした。

「心象スケッチ」も、
はじめは余りピンと来なかったのですが、

聴きなじんでくると、
宮沢賢治の独特な詩の世界がよく表現されている
名曲だと思えるようになりました。

「ある朝の歌」は、
安易な俗っぽさに逃げない、
品のある可憐な小品です。


繰り返し聴くごとに、
違った印象を聴かせてくれるのも
高田三郎の魅力の一つだと思うので、
今後もまた繰り返し聴いていこうと思います。

※Wikipediaの「高田三郎」と、CD解説を参照。

2014年2月10日月曜日

柳家小三治20 落語名人会44 「子別れ(通し)」(1983.9)

10代目柳家小三治
(やなぎやこさんじ 昭和14年〔1939〕12月-)の
落語CD20枚目は、

「子別れ(こわかれ)通し〈上・中・下〉」を聴きました。


落語名人会44
柳家小三治20
「子別れ(こわかれ)通し〈上・中・下〉」

録音:1983年9月1日、本多劇場
本多寄席 柳家小三治独演会
【SRCL-3616~7】


このCDは、
小三治43歳の時(1983.9)に、
「子別れ(上・中・下)」を通しで初めて口演した際の記録です。


「子別れ(こわかれ)」は、

初代春風亭柳枝
(しゅんぷうていりゅうし 文化10年〔1813〕-慶応4年〔1868〕)
の創作落語で、人情噺の大ネタです。

上・中・下の三部にわかれていますが、
通しで演じられることは稀だそうです。


実際、噺を聴いてみると、
〈上〉と〈中下〉は確かに、
若干つながりに欠けるように感じました。

〈上〉はアクの強い滑稽噺で、
下品で不快なところもあるので、
ほどほどの笑いを引き出すのは難しく感じました。

〈中下〉は一連の人情噺として良くまとまっていて、
これだけなら、最後にホロリとさせられる良く出来たお噺だと思いました。


この口演、
さすがに多少荒削りなところもありますが、
小三治の「子別れ」として十分な個性を発揮した名演だと思います。
あとに大作を聴いた充実感が残りました。

まだ他の方のを聴いていないので、
他の「子別れ」も堪能してみたいです。


※WIkipediaの「柳家小三治」「子別れ」を参照。