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2022年10月17日月曜日

「吉村芳生展 超絶技巧を超えて」(松坂屋美術館)

 去る十月十六日、名古屋市中区にある松坂屋美術館まで、山口県出身の画家吉村芳生(よしむらよしお 1950年7月~2013年12月)氏の回顧展「吉村芳生展 超絶技巧を超えて」を観に行ってきました。まったく存じ上げていなかったのですが、秋に面白そうな展覧会はないか探しているうちに、ホームページ上に掲げられていた藤の花の印象的な写実画に惹き込まれ、行ってみることにしました。

色鉛筆で描いた美しい花の絵は後半3分の1くらいで、あとの3分の2は鉛筆で描いたモノクロの「ありふれた風景」画と「自画像」の数々。回顧展なので、吉村氏の人生を語る上で避けられない構成だったのでしょうが、一素人がみて感動するのは「百花繚乱」と題して集められた写実的な花の数々のほう。花の絵だけを集めた展覧会ならまた見てみたいなと思いました。

インターネットで調べてみると、時折そんな機会もあるようなので、忘れないように心に留めておこうと思います。

2018年1月29日月曜日

松坂屋美術館の「ミュシャ展 運命の女たち」

去る正月21日(日)に、
名古屋ボストン美術館で「鈴木春信」展を観た後、
名古屋市中区栄にある松阪屋美術館まで、

「ミュシャ展 運命の女たち」

を観に行って来ました。

全国6ヶ所で、
以下の日程で実施される予定です。

 2017年10月14日~11月26日
 美術館「えき」KYOTO
◯2017年12月23日~18年2月18日
 松坂屋美術館
 2018年2月24日~4月8日
 ひろしま美術館
 2018年4月20日~5月27日
 福岡アジア美術館
 2018年6月2日~7月15日
 静岡市美術館
 2018年7月20日~9月2日
 鹿児島市立美術館

名古屋は2番目の会場で、
松坂屋美術館とCBCテレビの主催でした。


図録のあいさつには、

「19世紀末から20世紀初頭、
 ヨーロッパで起こった芸術運動アール・ヌーヴォー
 の旗手として知られるアルフォンス・ミュシャは、
 1860年に現在のチェコ共和国
 モラヴィア地方イヴァンチッチェで生まれました。」

「パリに移ったミュシャは、出世作となった
 大女優サラ・ベルナールの劇場ポスターをはじめ、
 数多くの女性像を優美に繊細な表現で描き出し、
 瞬く間に時代の寵児となります。
 その手法はミュシャ様式と呼ばれ、
 アール・ヌーヴォーの代名詞になりました。」

「本展では、『運命の女たち』というタイトルが示す通り、初恋に始まり、栄華を極めたパリ時代、そして晩年に至るまで、女性を描き続けたミュシャの人生を彩った女性たちに焦点をあて、ミュシャ芸術をご紹介いたします。」

「出品される作品は、モラヴィア地方にある
 ミュシャの生家からほど近くに在住する
 医師ズデニュク・チマル博士の親子3代に亘る
 膨大なコレクションから厳選したもので、
 ポスター、装飾パネル、さらには油彩画、素描画、水彩画など
 約150点に及びます。」

とありました。(改行はブログ編者による)


ミュシャの展示は学生の時に1度観ているので、
画風はよく覚えていましたが、

いつどこで観たのか、
具体的なことを思い出せないくらいでしたので、
ほぼ初めて観るような、新鮮な感動を味わうことができました。

この展示は、ミュシャの生家の近くに住む
医師ズデニュク・チマル博士のコレクション
から幅広く紹介されたもので、

資料を欠いている時期は、
映像などを用いて補いながら、
ミュシャの生涯を一通り辿れるように構成されていたので、
大変勉強になりました。

以前に観たときは、
パリで活躍したときの
芸術家としての側面が強調されていたので、
すっかりフランスの方だと思い込んでいましたが、

現在のチェコ共和国モラヴィア地方出身で、
晩年は祖国に戻って大作《スラブ叙事詩》を描かれた方で、
チェコの人々にとって最重要な芸術家であることは、
恥ずかしながら今回初めて気がつきました。

圧倒的な力でねじ伏せるような
勢いや冴えはあまり感じないのですが、

どの作品も、誰にでも親しみやすく、
わかりやすいデザインで語りかけて来て、
身近なものがより鮮やかに、印象深く感じられる
ミュシャ独特の画風を知ることができました。


  ***

今回は展示では、
ミュシャの芸術活動の集大成として
《スラブ叙事詩》を紹介していたのですが、
作品それ自体は映像でも展示されていませんでした。

どんな作品なのかと調べてみると、
なんと1年前の2017年3月8日から6月5日まで、
東京の国立新美術館で
「国立新美術館開館10周年
 チェコ文化事業 ミュシャ展」
が開催され、この時、
《スラヴ叙事詩》全20作が、
チョコ国外で世界初公開されていたことを知りました。

巨大な作品で、
そう簡単には国外への貸出を許可されないはずなので、
絶好の機会を逸していました。

図録はまだ購入できるようなので、
無くならないうちに手に入れようと思います。

長くなったのでここまで。
ミュシャの作品にはこれから注目していきたいです。



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2017年1月12日木曜日

松坂屋美術館の「ユトリロ回顧展」

去る1月3日(火)、
正月休みの最終日に、
中区栄の松坂屋美術館まで、

「パリの街角を描いた画家として、
 日本で最も人気のある画家のひとり」である
モーリス・ユトリロ(Maurice Utrillo, 1883.12-1955.11)の
回顧展〔ユトリロ回顧展〕を観てきました(チラシより引用)。

 ※日程 2017年1月2日(月)~2月20日(月) 会期中無休
 ※主催 松坂屋美術館、日本経済新聞社、テレビ愛知、
 ※後援 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
 ※企画協力 IS ART INC.

 ◎「姫路展」(姫路市立美術館)
  日程:2017年4月8日~7月2日
  主催:姫路市立美術館、神戸新聞社


展示の図録〔ごあいさつ〕によると、

「本展は、人生のほぼすべてをユトリロの研究に捧げ、モーリス・ユトリロ美術館の館長やモーリス・ユトリロ協会の会長を歴任された、ジャン・ファブリス氏へ捧げる展覧会となります。ファブリス氏は昨年末、惜しまれつつも84歳で永眠されました。

 そしてこの展覧会は、新生モーリス・ユトリロ協会のセドリック・パイエ氏を監修者とし、ユトリロの初期から晩年までの代表作を国内外から一堂に集め展示することになりました。」

と記してありました。

ユトリロの絵画に出会ったのは、
美術館に通うようになった学生の頃だったと思いますが、
いつが初めだったのかはよく覚えていません。

ユトリロに独特な、薄曇りの空を背景に、
大きな建物を中心に据えたシンプルな絵画は、

孤独で寂しい雰囲気が醸し出されていて、
それなりに興味深くはあったものの、
色彩豊かな明るい絵のほうを好んだ
20代前半の私の心をとらえるには至りませんでした。

今回70点をこえるユトリロの絵画をまとめて観て、
ユトリロの寂しい風景画の中にも、
独特な暖かさがあることに気がつきました。

個人的には、
建物=人工物(冷たいもの)というイメージだったので、
どうしてこんなに建物ばかり描いたのか不思議だったのですが、

10代後半からアルコール依存症になり、
対人関係等にさまざまな問題を抱えていた彼の、
孤独な心の取りどころ(安定の場)が、
作品の真ん中に大きく描かれた建物だったのだろうなと感じました。

日常生活では得られなかった
心の安定の場として彼の描く建物をみると、
そのどっしりとした暖かな雰囲気が理解できるように思われました。

生活面での困難さを考えると、
彼の絵の中に、
精神的な歪みや異常性を感じさせるところが
少しも見当たらないのも驚きでした。

展示の最後に、
母親シュザンヌ・ヴァラドン
(Suzanne Valadon, 1865-1938)の絵画3点と、
友人でのちに母親の夫になったアンドレ・ユッテル
(André Utter, 1886-1948)の絵画5点が掲げられていたのですが、

ユトリロよりもこの2人の作品のほうが、
観ていてよっぽど不快な気持ちにさせられました。


  ***

全体を観て、ユトリロの作品の
どれが特に優れているのだろうと考えたのですが、

好感触の作品がずらりと並んでいるからか、
どれかが特別に良いといった感想には至りませんでした。

そばにいたら困ると思いますが、
パリの建物を描くことが大好きだった
アル中のおじさんの絵画をまずは楽しんだら良いのだろうと思いました。

生涯に6,000点もの作品を描いたそうなので、
また次に機会があれば、ユトリロのほかの作品も観てみたいです。

大ファンとまではいえませんが、
ゴッホやゴーギャンと比べたら好きなタイプの作品が多く、
今回の展示で、ファンになりかけました。



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2016年11月7日月曜日

松坂屋美術館の「平木コレクション 生誕220年 歌川広重の世界―保永堂版東海道五十三次と江戸の四季―」展

去る11月2日(水)、
秋休みの最終日に、
中区栄の松坂屋美術館まで、

「平木コレクション 生誕220年
 歌川広重の世界
 ―保永堂版東海道五十三次と江戸の四季―」展

を観に行ってきました。

 ※日程 2016年10月22日(土)~11月20日(日)
 ※主催 松坂屋美術館、日本経済新聞社、テレビ愛知、
     公益財団法人平木浮世絵財団
 ※企画協力 株式会社アートワン

歌川広重(1797-1858)の代表作
『東海道五十三次』をまとめて観る機会はこれまでなく、
しかも初摺(保永堂版)で観られるとのこと、
楽しみにしていたのですが、

これまで観てきた浮世絵の展示の中で、
一番といってよいレベルの質の高い作品がたくさん並んでいて、
非常に充実した時間を送ることができました。

ここ数年訪れてきた展示の中では、
疑いなくベストの内容でした。


  ***

歌川広重について、
最初に意識するようになったのは、

学生の時に、
田中英道著『日本美術全史』(講談社、1995年6月)を読んでからのことです。

「浮世絵の最後の名匠は
 一七九七年(寛政九年)生まれの
 歌川広重である。

 彼はすでに「明治維新」まで十年足らずの
 一八五八年(安政五年)に亡くなっているから、
 江戸時代の最後の画家と言うべき人物と言える。

 彼は北斎の世界の風景画のジャンルを、
 平明にしたといってもよいが、
 そこにさらにポエジー(詩情)を加えて、
 人気を博したといえるであろう。」

「一八三二年(天保三年)、
 広重は幕府の一行に随行して東海道を歩き、
 変化に富む沿道の様子をつぶさに見ることが出来た。

 そしてその実見をもとに一八三三年、
 保永堂版『東海道五拾三次』を出版した。

 彼が一幽斎より一立斎に名を改めたのも、
 これによって立とうとする心の表れかもしれない。

 これは広重が、
 北斎と異なった表現力を示した
 最初の傑作と呼べるものであろう。」

(以上、田中『日本美術史』344・348頁。改行はブログ編者による)

今回、実物を観てみると、
ハッとさせられる斬新な構図にまず目を奪われました。

風景画の構図からして
有無をいわせぬ説得力があるのは、
広重意外にあまり思い浮かびません。

斬新さは時に奇抜さのみを追い求める方向へ傾きがちですが、
広重の作品からはそうしたグロテスクな要素は感じません。

誰にでも受け入れられやすい平明さと、
すっきりとした清明な青色が印象に残りました。

観えるものをそのまま描く
西洋の印象派の風景画とは随分違いますが、

風景画家としての広重の存在は、
自分のなかでいっそう大きくなって来ました。


  ***

今回、展示された作品数が多すぎ、
観ているうちにお腹いっぱいになって、
自分にとって特別な作品を選ぶことは出来ませんでした。

展示期間中に、
ぜひもう一度来ようと思っていたのですが、
仕事が忙しく再訪はかないませんでした。

データ満載の図録は手元にあるので、
次の機会までくりかえし観返したいと思います。

2014年11月28日金曜日

松坂屋美術館の「氏家浮世絵コレクション設立四〇周年記念展」

11月2日(日)に、松坂屋美術館まで

「氏家浮世絵コレクション設立四〇周年記念展」

を観に行ってきました。

愛知県美術館の「デュフィ展」をみた後、
実はすぐ近くで浮世絵の名品展が開催されていたことを知り、
翌週再び栄に足をのばしました。

「氏家浮世絵コレクション」は、

「昭和49年10月1日、
 多年にわたって肉筆浮世絵の蒐集につとめてきた
 氏家武雄氏と鎌倉市が協力し、
 鎌倉国宝館に財団法人として設置され、
 平成24年4月1日付けで公益財団法人に移行」したものだそうです。
 ※展覧会チラシ、参照。


デュフィ展の後に観たため、
わりと質素な感じのスリムな展示が多少気になりましたが、

葛飾北斎(宝暦10年〔1760〕9月-嘉永2年〔1849〕4月)
の名画を観られたのが大収穫でした。

北斎はどれも良かったのですが、

【図録35】
「酔余美人図(すいよびじんず)」
 ※1輻。絹本著色。文化4年(1807)頃。

【図録37】
「雪中張飛図(せっちゅうちょうひず)」
 ※1輻。絹本著色。天保14年(1843)。

【図録38】
「大黒に大根図(だいこくにだいこんず)」
 ※1輻。絹本著色。天保12年(1841)。

【図録39】
「桜に鷲図(さくらにわしず)」
 ※1輻。絹本著色。天保14年(1843)。

【図録40】
「鶴鸛図(つるこうのとりず)」
 ※2曲1隻。文化(1804-18)中後期頃。絹本著色。

【図録43】
「蛸図(たこず)」
 ※1輻。絹本著色。文化8年(1811)頃。

【図録46】
「寿布袋図(じゅほていず)」
 ※1輻。紙本淡彩。嘉永元年(1848)。

の7点は訴えかけてくる力が強く、
特に気に入りました。

展覧会の図録
『氏家浮世絵コレクション』を観ると、
ほかの画家とそれほど違うようには感じないのですが、

実物の迫力は圧倒的で、
北斎だけ他から浮かび上がっているような力強さがありました。


ほかの画家たちは、
歴史的な価値の高さは別にして、
芸術的に心を揺さぶられる絵はほとんどありませんでした。

その中で、
歌川広重(寛政9年〔1797〕-安政5年〔1858〕9月)の

【図録56】
「高輪の雪・両国の月・御殿山の花図」
(たかなわのゆき・りょうごくのつき・ごてんやまのはなず)
 ※3輻。絹本著色。嘉永(1848-54)~安政(1854-60)前期。

の飄々広々とした3輻の風景画に惹かれましたが、

広重はこの1点のみで、
同じタイプの絵も展示されていなかったので、
他と比べてどうなのかはよくわかりませんでした。


もう一人有名なところでは、
喜多川歌麿(宝暦3年〔1753〕頃-文化3年〔1806〕9月)の

【図録27】
「かくれんぼ図」
 ※1輻。絹本著色。寛政元-3年(1789-91)頃。

【図録28】
「万歳図(まんざいず)」
 ※1面(4枚)。絹本著色。寛政5-8年(1793-96)頃。

の2点は、
才気あふれるというわけではありませんが、

動きのある一瞬をとらえた完璧な構図を、
的確に繊細に表現しうる技量に感心しました。

これも2点のみでは何も言えませんが、
人間味あふれる叙情性のある絵だと思いました。


鎌倉を訪れる機会はなかなか取れないと思うので、
「氏家浮世絵コレクション」に含まれる名品の数々を、
名古屋で観られたことに感謝です。