2018年4月1日日曜日

バルシャイ&ケルン放送響のショスタコーヴィチ:交響曲第11番《1905年》

ロシア出身の指揮者
ルドルフ・バルシャイ
(1924年9月28日-2010年11月2日)が
68歳から76歳にかけて(1992年9月-2000年9月)

ドイツのオーケストラ
ケルン放送交響楽団と録音した

ロシア帝国生まれの作曲家
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906年9月25日-75年8月9日)
交響曲全集の7枚目、第11番《1905年》を聴きました。


CD7
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ
交響曲第11番 ト短調《1905年》作品103

ルドルフ・バルシャイ(指揮)
ケルン放送交響楽団

録音:1999年5月3-7日、ケルン、フィルハーモニー
【BRILIANT 6324/7】

第11番と第12番はセットで解説します。

交響曲第11番《1905年》は、
第10交響曲の初演(1953年12月)から4年近くをへた
ショスタコーヴィチ51歳の時(1957年10月30日)に初演されました

交響曲第12番《1917年》は、
第11交響曲の初演(1957年10月)から4年近くをへた
ショスタコーヴィチ55歳の時(1961年10月1日)に初演されました

ロシア革命は、
《1905年》の「血の日曜日事件」にはじまるロシア第一革命と、
《1917年》の「二月革命」と、
 それに続く「十月革命」からなるロシア第二革命に分けられます。

ショスタコーヴィチの交響曲第11番と第12番は、
それぞれ1905年の「血の日曜日事件」と、
1917年の「十月革命」を主題とした作品です。

結果としてソ連の体制に迎合し、
革命を賛美した作品とも解釈できるので、
西側からはプロパガンダ音楽として批判を受け、

純粋に音楽のみで、
正当な評価が示されるようになったのは、
ソ連が倒れ、冷戦が終わってからのことだったそうです。


※WIkipediaの「交響曲第11番(ショスタコーヴィチ)」「交響曲第12番(ショスタコーヴィチ)」を参照。


  ***

第8番・第10番のように、
中身を掘り下げた抽象性の高い音楽ではなく、

第7番《レニングラード》のような、
わかりやすい作品だと思います。

ただ聴いて直ちに心をつかまれるというよりは、
数回聴き込むにつれ、だんだん耳に馴染んで来ました。

音楽そのものはそれほど自己主張せずに、
映画音楽のように一歩後ろに下がっている印象で、

元になる映画があるんだと言われたほうが、
より納得できるところがある曲でした。

第1楽章は、動きの少ない
静かで不気味な音楽が延々と続くので、
CDだと間をもたせるのが大変でしたが、

第2・4楽章は耳に残りやすい動きのある激しい音楽で、
一気に聴き進めることができました。

もとは《1905年》という映画のために作られた、
映画音楽なんだと言われたほうが納得できるのですが、
そういうわけではないようです。

バルシャイさんの録音、
外面的で過度な表現は避けながら、
深く内面に切り込んでいる分、
一聴地味な印象も受けますが、
聴き込むごとに曲の良さが染みてきました。

最新の録音ならどうだろうとも思うので、
近々、別の指揮者の録音も聴いてみようと思っています。



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