2023年2月12日日曜日
展覧会「パリに生きた画家たち マルケ、ユトリロ、佐伯祐三、荻須高徳が見た風景」(ヤマザキ マザック美術館)
2023年1月29日日曜日
企画展「展覧会 岡本太郎」(愛知県美術館)
2023年1月8日日曜日
ジミー大西 画業30年記念作品展「POP OUT」(JR名古屋高島屋)
様々な生き物をモチーフにした、色彩感豊かな作品がズラリと並んでいて、予想の3倍増しで楽しめました。ピカソやミロなどスペインを思わせる画風ですが、見る人を突き放すような冷たいところは微塵もなく、ずっと親しみやすい印象を受けました。独特のユーモアを感じさせる、明るく暖かな色合いに、心穏やかなひと時を過ごすことができました。
2022年12月3日土曜日
特別展「クマのプーさん」展(名古屋市美術館)
プーさんの著者A.A.ミルン(Alan Alexander Milne, 1882-1/18~1956-1/31)氏よりも、その挿絵を描いたE.H.シェパード(Ernest Howard Shepard, 1879-12/10~1976-3/24)に焦点を当てた展示でしたので、事前に取り急ぎ、森絵都(もりえと)訳で『クマのプー』と『プー通りの家』を読んでおいて正解でした。ああ、あの話のことかと思い当たる絵がたくさん。森訳の挿絵は村上勉(むらかみつとむ)氏ですが、かえって新鮮な気持ちで、シェパードの絵を眺めることができました。プーさん本来の世界感をつかむ上で、とても良い機会になりました。
同書の凡例に、「展覧会はアメリカ・マサチューセッツ州のエリック・カール絵本美術館との共同企画で、本図録に掲載されている展覧会の出品作品は同美術館にアーカイブされている。」とありました。
2022年10月17日月曜日
「吉村芳生展 超絶技巧を超えて」(松坂屋美術館)
去る十月十六日、名古屋市中区にある松坂屋美術館まで、山口県出身の画家吉村芳生(よしむらよしお 1950年7月~2013年12月)氏の回顧展「吉村芳生展 超絶技巧を超えて」を観に行ってきました。まったく存じ上げていなかったのですが、秋に面白そうな展覧会はないか探しているうちに、ホームページ上に掲げられていた藤の花の印象的な写実画に惹き込まれ、行ってみることにしました。
色鉛筆で描いた美しい花の絵は後半3分の1くらいで、あとの3分の2は鉛筆で描いたモノクロの「ありふれた風景」画と「自画像」の数々。回顧展なので、吉村氏の人生を語る上で避けられない構成だったのでしょうが、一素人がみて感動するのは「百花繚乱」と題して集められた写実的な花の数々のほう。花の絵だけを集めた展覧会ならまた見てみたいなと思いました。
インターネットで調べてみると、時折そんな機会もあるようなので、忘れないように心に留めておこうと思います。
2022年5月8日日曜日
企画展「ミロ展 日本を夢みて」(愛知県立美術館)
去る5月1日、名古屋市東区にある愛知県美術館まで、スペインを代表する芸術家 ジュアン・ミロ(Joan Miró, 1893年4月20日~1983年12月25日)の20年ぶりの回顧展「開館30周年記念 ミロ展 日本を夢みて」を観に行って来ました。
「20年ぶり」とあるのが気になったので調べてみると、愛知県美術館で「20年ぶり」にという意味で、今から20年前(2002年 10/4-12/1)に、愛知県美術館で「開館10周年記念 ミロ展 1918―1945」が開催されていました。
10年前(2012年 7/21-9/23)には、高知県立美術館で「ミロ展 ピカソ、ダリと並ぶスペイン近代絵画の巨匠」が開催され、「1928年に発表された初めての版画作品である『一羽の小さなカササギがいた』をはじめ」「ミロが生涯にわたって制作した膨大な版画作品から代表作145点」が紹介されていますし、
昨年(2021年 1/9-2/28)にも、山梨県の南アルプス市立美術館で「開館30周年記念 ジョアン・ミロ展」が開催され、「ミロの第1作目の作品《一羽の小さなカササギがいた》を含み、初期から晩年までを網羅した」146点が紹介されていました。
今回の「ミロ展 日本を夢みて」では、当日の出品目録をみると、全140点中71点がミロの作品で、初心者向けにミロの代表作を紹介する、というよりは、ミロと日本との関係を詳しく明らかにすることに照準を合わせた展示になっていました。
とりあえず好きな画風であること、日本に深い親しみを抱いていた方であることは確認できたので、これをきっかけに、ミロが生涯にどのような作品を残したのか、より深く知りたくなりました。ミロの手ごろな入門書を探してみたところ、次の1冊が見つかりました。
松田健児・副田一穂著
『もっと知りたいミロ 生涯と作品』
(東京美術[アート・ビギナーズ・コレクション]2022年2月◆80頁)
近々購入し、手元に置いておこうと思います。
2022年4月4日月曜日
特別展「ゴッホ展/響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」(名古屋市美術館)
去る4月3日(日)、名古屋市中区にある名古屋市美術館まで、特別展「ゴッホ展/響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」を観に行ってきました。
フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh, 1853年3月-1890年7月)の芸術に魅了され、世界最大の個人収集家となったヘレーネ・クレラー=ミュラー(Helene Kröller-Müller, 1869-1939)が、夫アントンとともに収集した90点の油彩画と180点の素描・版画が現在、クレラー=ミュラー美術館(オランダ、1938年設立)に所蔵されています。今回の展覧会では、同美術館に所蔵されるヘレーネ・コレクションの中から、ゴッホの油彩画28点と素描・版画20点などが公開されました。
そのほかファン・ゴッホの弟テオ、その妻ヨーが引き継いだコレクションにもとづくファン・ゴッホ美術館(オランダ、1973年設立)から、ゴッホの油彩画4点が特別に出品されました(以上、展覧会図録の「ごあいさつ」参照)。
ゴッホは、心のゆがみを感じさせる画風が苦手なので、好きでない作品も多いのですが、時折飛び抜けて魅惑的な明るい光を放つ作品に出会えることがあるので、近隣でゴッホ展があるときはたいてい観に行っています。
今回は良いものが多かったのですが、その中で特に魅了されたのは次の2点です。
《59/緑のブドウ園
(The Green Vineyard)》
※1888年10月3日頃(35歳)
《60/サン=レミの療養院の庭
(The Garden of the Asylum at Saint-Rëmy)》
※1889年5月(36歳)
特に《60》に深く感動しましたが、図録では十分の一も良さが伝わらないので、またいずれどこかで実物を観たいものです。
もう一つ、ゴッホの作品ではありませんが、カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro, 1830-1903)の1893年の油彩画
《8/2月、日の出、バザンクール
(February, Sunrise, Bazincourt)》
が出品されていました(クレラー=ミュラー美術館所蔵)。こちらも自分の感性に合っていて、観られて幸せな気持ちになりました。
2021年11月16日火曜日
企画展「曽我蕭白/奇想ここに極まれり」(愛知県美術館)
去る11月14日に愛知県美術館まで、
企画展「曽我蕭白/奇想ここに極まれり」
を観に行ってきました。
「力強い筆墨と極彩色で超現実的な世界を描き出した曽我蕭白(1730~81)のあくの強い画面は、グロテスクでありながらおかしみもたたえ、見る人をひきつけて止みません。」
というチラシの文言に惹かれました。蕭白の個展はどこかで観た記憶があり、好きな画家の一人なので、良い機会と出かけてきました。
全体をみると、あともう一歩突き抜けたところがあれば文句なしに推せるのにと思いつつ、細かいことを言わなければ十分感動に値する作品がたくさん並んでいました。
旧永島家襖絵(三重県美術館蔵)の一群に代表される大きな襖絵にこそ彼の真価があるようで、自分のお屋敷に芸術家を住まわして、家の襖にぐるりと絵を描かせる、典雅な生活に興味をそそられました。
2021年11月2日火曜日
特別展「フランソワ・ポンポン展/動物を愛した彫刻家」(名古屋市美術館)
去る10月31日に名古屋市美術館まで、
特別展「フランソワ・ポンポン展/動物を愛した彫刻家」
を観に行ってきました。
まったく知らない彫刻家でしたが、
「動物彫刻の代表作家 "ポンポン” 待望の日本初回顧展!!」
「今から100年ほど前に、魅力的な動物彫刻の数々を生み出したのは、《考える人》で有名なロダンのアトリエで工房長をつとめたこともあるフランスの彫刻家、フランソワ・ポンポン(1855-1933)です。」
「そんなポンポンの作品が約90点、オルセー美術館などフランスの美術館や群馬県立林美術館からやってきます。」
というチラシの文言に惹かれました。
現代的で抽象性の強い動物像かと思いきや、動物園などで本物をじっくり観察した上での、写実的な塑像がもとにあって、そこから無駄なものを少しずつ削ぎ落としていった風で、
本物そっくり!
どこかユーモアのある、暖かさを感じさせる動物たちがずらりと並んでいて、思いの外楽しむことができました。
動物の名前だけ並べてみると、まるで動物園のよう。
雄鶏、錦鶏、アヒル、鵞鳥、ほろほろ鳥、鴨、ハゲコウ、フクロウ、ワシミミズク、ペリカン、カラス、冠鶴、バン、オオバン、雉鳩、雌鳩、コンドル、やまうづら。
ボストン・テリヤ、グレーハウンド。モグラ。仔牛、牝豚、子豚、猪、大鹿、牝鹿。豹、黒豹、雌トラ、ライオン。ヒグマ、シロクマ、ラクダ、キリン、バイソン、カバ、オラン・ウータン。
猫派ではなかったようです。
2021年10月24日日曜日
第18回ショパン国際コンクール!
今年は 反田恭平(そりたきょうへい)、 小林愛美(こばやしあいみ)、角野隼斗(すみのはやと)、 牛田智大(うしだともはる)、といった錚々たる顔ぶれが勢揃いしていたので、7月下旬の予備予選から You Tube で拝見していました。
予備予選では、反田さんの演奏にとくに感銘を受けるとともに、これまで知らなかった 進藤実優(しんどうみゆ)さんの演奏に心を動かされました。
10月の1次予選では、反田さんの気迫に圧倒されるとともに、これまで注目して来なかった 古海行子(ふるみやすこ)さんの演奏に強く惹き込まれました。
2次予選では、牛田さん、小林さん、角野さんの演奏にとくに感銘を受けました。とくに小林さんの音楽家としての深化が著しく、今後はもっと注目しなければと思いました。You Tube の動画で知るようになった角野さんも、2次予選でようやく本来の個性が出し切れているように感じました。
3次予選では、進藤さんの繊細さ、角野さんの斬新さ、小林さんの情念に感動し、迎えたファイナルは、反田さんの圧倒的な演奏に心を奪われました。反田さんは、ここ数年のコンサートでの場数が違うのか、オケの方々と自然なやりとりが出来ていて、滅多に聴けない 完成度の高い名演だったと思います。
日本に居ながらにして心はポーランドへ。充実した秋の一時を過ごせたので、感想を記してみました。仕事の終わった夜更けに、日本人の気になる方にしぼって聴いただけなので、聴きそびれた方々の演奏はこれからじっくり聴き返すつもりです。
2021年9月12日日曜日
特別展「生誕160年記念/グランマ・モーゼス展/素敵な100年人生」(名古屋市美術館)
去る9月5日(土)に名古屋市美術館で、
特別展「生誕160年記念/グランマ・モーゼス展/素敵な100年人生」
を観てきました。最終日の1時間前なら空いているかと思っていたところ、まずまずの人出。まったく知らない画家でしたが、
「モーゼスおばあさん(グランマ・モーゼス)の愛称で親しまれ、アメリカの国民的画家として知られるアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860-1961)。無名の農婦だったモーゼスは70代で本格的に絵を描き始め、80歳の時にニューヨークで初個展を開きました。」
「生誕160年を機に特別に企画された本展では、最初期の作品から100歳で描いた絶筆《虹》までの代表作に加え、愛用品や関連資料を含む約130点を紹介します。」
というチラシの文言に惹かれ、観てみたところ大正解。
古き良きアメリカの田舎の風景が、素朴なやさしいタッチで描き出されていて、穏やかなひと時を楽しむことができました。
天才の閃きというよりは、明るく暖かで素朴な人柄が伝わってきて、コロナ禍で荒みがちな心を癒やすのに最適な回顧展でした。
2019年1月20日日曜日
バリリ四重奏団のベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番(1952-53年)
ウィーン生まれのヴァイオリニスト
ワルター・バリリ(Walter Barylli, 1921年6月~)が、
1945年に、ウィーン・フィルの同僚たちとともに結成した
バリリ四重奏団の演奏。
結成7年目から11年目
(1952-56年)にかけて録音された
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
(Ludwig van Beethoven, 1770年12月-1827年3月)
の弦楽四重奏曲全集の3枚目として、
ベートーヴェン36歳の時(1807年)に出版された
作品59《ラズモフスキー》3曲中のはじめの1曲を聴きました。
バリリ四重奏団の芸術~
Disc3
ベートーヴェン:
① 弦楽四重奏曲第7番ヘ長調 Op.59-1『ラズモフスキー第1番』*
② 弦楽五重奏曲ハ長調 Op.29**
バリリ四重奏団
ヴァルター・バリリ(第1ヴァイオリン)
オットー・シュトラッサー(第2ヴァイオリン)
ルドルフ・シュトレンク(ヴィオラ)
エマヌエル・ブラベッツ(チェロ)*
リヒャルト・クロチャック(チェロ)
ヴィルヘルム・ヒュプナー(第2ヴィオラ)**
録音時期:1955年(第7番)、1953年
【SCRIBENDUM SC805】※2016年7月発売
1・2枚目に収録された
弦楽四重奏曲第1-6番 Op.18 は、
ベートーヴェンが
30歳の時(1801年6・10月)に出版された作品です。
これに続く弦楽四重奏曲第7-9番
《ラズモフスキー第1-3番》Op59 は、
第1-6番の出版から6年を経、
ベートーヴェンが
36歳の時(1807年4月)までに初演され、
翌年1月に出版された作品です。
併録されている
弦楽五重奏曲ハ長調 Op.29 は、
第1-6番の弦楽四重奏曲が出版された翌年、
ベートーヴェンが
31歳の時(1802年5月)に初演され、
同年12月に出版された作品です。
ほかの有名作品との成立順序を整理しておきます。
◯ヴァイオリンソナタ 第1-3番 Op.12
弦楽四重奏曲第1-6番 Op.18
◇交響曲第1番 Op.21
◯ヴァイオリンソナタ 第4番 Op.23
◯ヴァイオリンソナタ 第5番 Op.24
弦楽五重奏曲ハ長調 Op.29
◯ヴァイオリンソナタ 第6-8番 Op.30
◇交響曲第2番 Op.36
◯ヴァイオリンソナタ 第9番 Op.47《クロイツェル》
◇交響曲第3番 Op.55《英雄》
弦楽四重奏曲第7-9番 Op.59《ラズモフスキー》
◇交響曲第4番 Op.60
***
《ラズモフスキー》第1番は、
第1-6番までの古典的な雰囲気とはがらりと変わり、
目新しさ満載で、ベートーヴェンならではの
個性の深まりを感じさせる作品でした。
第1-6番の3曲が
交響曲第1番よりも前に作られていたのに対して、
第7-9番《ラズモフスキー》の3曲は、
交響曲第2番、第3番《英雄》、
そしてヴァイオリン・ソナタ第9番《クロイツェル》などが
作曲された「後」に生み出された作品であることがわかれば、
曲としての充実度の違いも当然のように思われました。
それなりに新鮮に響いていたはずの初期の6曲が、
《ラズモフスキー》を聴いた後だとかなり色褪せて聴こえてしまいました。
バリリ四重奏団の演奏は、
初めて聴く耳にも自然に曲の魅力が伝わる、
丁度よいバランスの演奏に仕上がっているように感じました。
これで満足なのですが、
良い曲なのでほかの方々の演奏も聴いてみたくなりました。
もう1曲、
これまで聴いた記憶のなかった
弦楽五重奏曲ハ長調 Op.29 は、成立時期を含めて、
《ラズモフスキー》よりも初期の第1-6番に近い印象の作品でした。
《ラズモフスキー》と組み合わせたからなのか、
さほど新しさを感じることはなく、かなり平凡な作品に聴こえました。
組み合わせによって印象は異なるはずなので、
ほかの組み合わせのCDはないか探してみます。

2019年1月13日日曜日
インバル&フランクフルト放送響のブルックナー:交響曲第0番(1990年録音)
エリアフ・インバル(Eliahu Inbal, 1936年2月- )
の指揮する
ドイツのオーケストラ
フランクフルト放送交響楽団
(2005年にhr交響楽団に改称)の演奏で、
オーストリア帝国の作曲家
アントン・ブルックナー
(Anton Bruckner, 1824年9月4日-1896年10月11日)の
交響曲第0番 ニ短調 を聴きました。
指揮者53歳の時(1990年1月)の録音です。
CD2
ブルックナー
交響曲第0番ニ短調 WAB100 [ノヴァーク版]
フランクフルト放送交響楽団
エリアフ・インバル(指揮)
録音:1990年1月。フランクフルト、アルテ・オーパー
【TELDEC 11CD 2564 68022-8】※2014年4月発売
交響曲 第0番 ニ短調 は、
ブルックナーが44歳の時、
1869年1月から9月にかけて作曲され、
45歳を迎えて間もなくの同(1869)年9月12日に完成されました。
第1番ヘ短調 は
42歳の時(1866年4月)に完成し、
44歳の時(1868年)に初演。
第2番ハ短調 は、
48歳の時(72年9月)に完成され、
49歳の時(73年10月)に初演されているので、
第0番は本来、
第1番につづく第2番として作曲されたことがわかります。
ウィーン・フィルの指揮者
オットー・デッソフ(Otto Dessoff, 1835-92)
に意見を求めたところ否定的な評価を受けたため、
そのまま撤回された作品です。
全曲初演はブルックナーの没後、
27年をへた1924年5月に行われました。
出版譜は「ヴェス版」と「ノヴァーク版」の2種類あります。
1924年にオーストリアの作曲家
ヨーゼフ・ヴェス(Josef Wöss, 1863-1943)
によって「初版」が出版されました。
そののち、ハース版(旧全集)に同曲は収録されず、
1968年にノヴァーク版(新全集)の総譜が出版されました。
完成後そのまま封印された作品なので、
のちの多くの交響曲のように、
複数の稿の問題に頭を悩まされることはありません。
※ 根岸一美著『作曲家◎人と作品シリーズ ブルックナー』(音楽之友社、2006年6月)と、Wikipedia の「交響曲ヘ短調(ブルックナー)」の項目を参照。
***
第00番に続いて第0番も聴いてみました。
こちらも今回初めて聴きました。
第00番がいかにも習作といった感じの作品だったので、
第0番も似たようなものかと思ったのですが、
実際に聴いてみると、
第1番や第2番と同じレベルか、
聴き慣れていない分、より充実した内容の作品に聴こえました。
驚いて調べてみると、第0番というものの、
第1番より後、第2番より前に書かれた
「第1.5番」というべき作品であったことがわかりました。
初めて聴いたからか、
第1番や第2番よりも新鮮な驚きがあって、
感動のもと全曲を聴き終えることができました。
初期の交響曲に聴かれる
絶品の Adagio がもう1曲増えた喜びも大きいのですが、
初期の交響曲について、
(改訂の施されていない)初稿のままの状態でも、
十分に完成度の高い作品であったことがわかった点も大きいです。
第1番と第2番も、
初稿のままならどんな風に聴こえるのか、
興味が出て来ました。
第1番については
ハース版にせよ、ノヴァーク版にせよ、
すでに第1稿(リンツ稿)にもとづいて出版されているのですが、
第2番はハース版でも、ノヴァーク版でも、
第1稿(1872年稿)は出版されなかったので、
キャラガン版が公にされるまでは耳にする機会がありませんでした。
今後、交響曲第3番に進む前に、
キャラガン校訂の第1稿(1872年鋼)で、
第2番の演奏を聴いてみたいと思っています。

2019年1月6日日曜日
インバル&フランクフルト放送響のブルックナー:交響曲第00番(1992年録音)
ヨッフム&ドレスデン・シュターツカペレの全集には含まれていない
第00番と第0番も収録されているので、聴いてみることにしました。
ほぼ初めて聴く作品です。
***
イスラエルの指揮者
エリアフ・インバル(Eliahu Inbal, 1936年2月- )
の指揮する
ドイツのオーケストラ
フランクフルト放送交響楽団
(2005年にhr交響楽団に改称)の演奏で、
オーストリア帝国の作曲家
アントン・ブルックナー
(Anton Bruckner, 1824年9月4日-1896年10月11日)の
交響曲第00番 ヘ短調 を聴きました。
指揮者56歳の時(1992年5月)の録音です。
CD1
アントン・ブルックナー
交響曲第00番 ヘ短調 WAB99 [ノヴァーク版]
フランクフルト放送交響楽団
エリアフ・インバル(指揮)
録音:1992年5月。フランクフルト、アルテ・オーパー
【TELDEC 11CD 2564 68022-8】※2014年4月発売
交響曲ヘ短調はブルックナーが38歳の時、
1863年1月から5月にかけて作曲されました。
交響曲第1番が完成するのは、
41歳の時(1866年4月)のことなので、
第1番が完成する3年ほど前に作られた作品ということになります。
生前に演奏される機会はなく、
没後28年をへた1925年2月に全曲初演されました。
楽譜は没後17年をへた1913年に、
オーストリアのウニヴェルザール社(ユニバーサル)から出版されました。
ハース版(旧全集)に同曲は収録されず、
1973年にノヴァーク版(新全集)の総譜が出版されました。
もともと習作として作られた作品なので、
のちの多くの交響曲のように、
複数の稿の問題はありません。
※ 根岸一美著『作曲家◎人と作品シリーズ ブルックナー』(音楽之友社、2006年6月)と、Wikipedia の「交響曲ヘ短調(ブルックナー)」の項目を参照。
***
第00番と第0番は番号だけを見ると、
2曲とも第1番より前に作られたように感じますが、
実際には第0番は、
第1番よりあと第2番より前に作られた
「第1.5番」とも呼ぶべき作品なので、
第1番より前に書かれた交響曲はこの第00番のみで、
ふつうは習作と判断されています。
今回初めて聴いてみると、
確かに、これはブルックナーです、
とはじめに教えてもらわなければ、
聴いてすぐには気がつきにくい、
習作的な作品だと納得できました。
聴くに堪えないわけではなく、
ブルックナーの習作であるとわかった上で聴くのなら、
それなりに興味深く聴けると思いますが、
コンサートの最後がこの曲なら、
少し残念な気持ちになるかもしれません。
個人的には、
シューマンの未知の作品を聴いているようでもあり、
まずまず楽しむことができました。
インバルの録音は、楽譜の内容を正確に、
ほどほどに面白く聴かせてくれていると思います。
解釈によっては、
より面白く聴かせられるのかもしれませんが、
曲の紹介としては十分に役割を果たしていると思います。

2018年12月23日日曜日
朝比奈隆&大阪フィルのベートーヴェン:交響曲第6番(2000年3月録音)
大阪フィルハーモニー交響楽団とともに収録された
ドイツの作曲家
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
(Ludwig van Beethoven, 1770年12月-1827年3月)
の交響曲全集から、第6番を聴きました。
朝比奈隆91歳の時(2000年3月10・12日)の録音です。
ベートーヴェン
Disc1
①交響曲第6番 ヘ長調 作品68《田園》
~2000年3月10日 大阪、フェスティバルホール
Disc2
②交響曲第6番 ヘ長調 作品68《田園》
~2000年3月12日 愛知県芸術劇場
大阪フィルハーモニー交響楽団
朝比奈隆(指揮)
【OVCL-00020】※2000年5月発売
交響曲第6番《田園》は、
ベートーヴェン38歳の時(1808年12月22日)に、
第5番とともに初演されました。
初演時は《田園》のほうが先に紹介され、
交響曲第5番ヘ長調《田園》
交響曲第6番ハ短調
とされていました。
***
このCDには10日の大阪公演と、
12日の愛知公演が収録されています。
どちらもほぼ同じ印象の演奏ですが、
愛知公演では後半の楽章に致命的なミスがあるので、
どちらか選ぶなら、大阪公演のほうだと思います。
ただ、その大阪公演にしても、
実に素朴な、何も構えたところのない演奏で、
あれっ、これでいいのかなと思っているうちに
最後まで来てしまう、そんな演奏でした。
特に期待をしなければ、
また、無個性なきれいなだけの演奏と比べるなら、
ふつうに楽しめると思いますが、
正直なところ、しばらく聴き込んだ印象では、
今一つ気の抜けた踏み込みの足りない演奏のように感じました。
今後聴き直して、
最晩年の枯淡の境地として気が付くところもあるのかもしれませんが、
今はそれほどの演奏には思えませんでした。
なお気になって、
97年12月に Canyon Classics から発売された全集で
《田園》を聴き直してみたところ、
97年録音のほうが断然優れた演奏に聴こえました。
詳しくは別の機会に譲ります。
***
エクストンから
2008年12月に発売された全集のセット盤では、
3月10日の大阪公演(①)のほうが収録されています。

2018年12月9日日曜日
ブレンデルのシューベルト:ピアノ作品集その7(1971-74年録音)
モラヴィア地方生まれのピアニスト、
アルフレード・ブレンデル
(Alfred Brendel, 1931年1月- )が、
40代前半の時(1971-74年)に録音した
オーストリアの作曲家
フランツ・シューベルト
(Franz Schubert, 1797年1月 - 1828年11月)の
ピアノ作品集の7枚目(最後の1枚)を聴きました。
シューベルト:ピアノ作品集
CD7
①幻想曲ハ長調 作品15《さすらい人》 D760(1972年録音)
②楽興の時 作品94 D780(1972年録音)
③12のドイツ舞曲(レントラー)D790(1972年録音)
アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
【Eloquence 480 1218】※2008年発売
①《さすらい人幻想曲》作品15 は、
シューベルト25歳の時(1822)に作曲、出版された作品です。
4楽章からなる作品ですが、続けて演奏されます。
リストがピアノ・ソナタを作曲する際に、
大きな影響を受けたといわれれば、
何となく似ていることに気がつかされます。
リストによる《さすらい人幻想曲》の
ピアノ協奏曲への編曲版もあるそうなので、
いずれ聴いてみようと思います。
若々しい印象の作品なので、
最後の作品群のなかに混ぜられると場違いな感じもしますが、
充実した内容のよく出来た作品だと思います。
②《楽興の時》作品94 は、
26から31歳(1823-28)までに作曲された作品です。
即興曲よりもさらに色々な様式の小品を6曲。
一見無造作に、
しかし絶妙なバランスでまとめられていて、
小さな歌曲集を聴くような趣きがありました。
第3番が突出して有名ですが、
6曲全体として不思議な統一感を醸し出しているようにも聴こえたので、
ほかのピアニストの演奏も聴いてみたいと思いました。
③ 12のドイツ舞曲(レントラー) D790 は、
26歳の時(1823年5月)に作曲された作品です。
調べてみると、シューベルトは
ピアノによる舞曲集を他にもたくさん残しているのですが、
その中でも良くできた1曲のようで、
かのコルトーを始めとして録音がいろいろ見つかりました。
シューベルトの舞曲は、
今一つ霊感に乏しい軽めのものが多い印象だったので、
隠れた名曲に出会えた気がしました。
ソナタだけでは寂しいので、
今後は舞曲集にも注目していきたいと思います。
***
ブレンデルのシューベルト、
無色透明、純粋無垢な路線で、
一聴ほんの少し押しが足りないような、
没個性的な印象を受けるのですが、
聴き込むほどに、
曲本来の美しさが伝わって来て、
シューベルトの面白さをじっくり味わうことが出来ました。
ただし、
ある程度聴き込まなければ、
良さが伝わりにくい面もあるので、
これがシューベルトのベスト演奏かといわれれば、
私の好みとは違うような気もします。
ブレンデルは15年程をへた
50代後半(1987-88年)のときに、
これらの曲を再録音しているので、
そちらを聴けば、今回の不満が解消されている可能性は高いですが、
それはもう少し先の楽しみに取っておきます。
最近、
ウィーン生まれのピアニスト
パウル・バドゥラ=スコダ
(Paul Badura-Skoda, 1927年10月6日- )が
39-43歳の時(1967年5月-71年5月)に録音した、
シューベルトのピアノ・ソナタ全集を手に入れたので、
次はこちらを聴いていこうと思っています。
ブレンデルよりずっと前の録音かと思っていたら、
ブレンデルより3年歳上なだけで、
録音もほぼ同じ時期であることがわかりました。
どちらかというと、ブレンデル以上に、
シューベルトの演奏に生涯を捧げているピアニストなので、
期待して聴いてみたいと思います。

2018年12月2日日曜日
ブレンデルのシューベルト:ピアノ作品集その6(1971-74年録音)
モラヴィア地方生まれのピアニスト、
アルフレード・ブレンデル
(Alfred Brendel, 1931年1月- )が、
40代前半の時(1971-74年)に録音した
オーストリアの作曲家
フランツ・シューベルト
(Franz Schubert, 1797年1月 - 1828年11月)の
ピアノ作品集の6枚目を聴きました。
シューベルト:ピアノ作品集
CD6
①4つの即興曲 作品90 D899(1972年録音)
②4つの即興曲 作品142 D935(1975年録音)
③16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ 作品33 D783(1974年録音)
アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
【Eloquence 480 1218】※2008年発売
ブレンデルが40代前半のときに録音した
シューベルト:ピアノ作品集、
残るは2枚のみとなりました。
ソナタはすべて聴いて、
あとは2つの即興曲集と「楽興の時」、
そして「さすらい人幻想曲」が残っています。
CD6枚目には、
2つの即興曲集が収録されています。
①4つの即興曲 作品90 D899
②4つの即興曲 作品142 D935
は、シューベルトが30歳(1827年)の頃に作曲されました。
亡くなる年(1828)に、
最後の3つのピアノソナタが書かれますが、
その前年に生み出された傑作です。
ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D958
ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959
ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960
有名な曲集ですが、子供の頃に、
私の母が運営するピアノ教室で、
度々聴き馴染んでいたからか、
凡庸な練習曲の一つというイメージがついてしまって、
霊感あふれる傑作だと確信できたのは最近のことです。
今回、ブレンデルのくせのない美しいタッチのピアノで、
シューベルト独特のメロディと和声が心に入って来て、
しみじみ良い曲であることを実感できました。
聴き返すたびに染みてくる分、
一回聴くだけだとほんの少し、
個性が弱いようにも感じるので、
より有名な再録音のほうも聴いてみたいなと思いました。
このCDには、もう一曲、
③16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ 作品33 D783
が収録されています。
シューベルトが26-27歳の頃(1823-24)に作曲された作品です。
数回繰り返して聴いた印象では、
さほど特徴のないスケッチを寄せ集めただけの、
①②と同列には扱えない作品でした。
①②の印象がぼやけてしまう分、
収録しなかったほうが良かったのでは、
と思いました。

2018年11月18日日曜日
朝比奈隆&大阪フィルのベートーヴェン:交響曲第5番(2000年5月録音)
大阪フィルハーモニー交響楽団とともに収録された
ドイツの作曲家
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
(Ludwig van Beethoven, 1770年12月16日頃-1827年3月26日)
の交響曲全集から、第5番を聴きました。
朝比奈隆91歳の時(2000年5月3・10日)の録音です。
ベートーヴェン
Disc1
①交響曲第5番 ハ短調 作品67《運命》
~2000年5月3日 アクロス福岡・シンフォニーホール
Disc2
②交響曲第5番 ハ短調 作品67《運命》
~2000年5月10日 大阪、ザ・シンフォニーホール
大阪フィルハーモニー交響楽団
朝比奈隆(指揮)
【OVCL-00021】※2000年6月発売
交響曲第5番は、
ベートーヴェン38歳の時(1808年12月22日)に、
第6番《田園》とともに初演されました。
初演時は《田園》のほうが先に紹介され、
交響曲第5番ヘ長調《田園》
交響曲第6番ハ短調
とされていました。
***
こちらは〔Disc 1〕の福岡公演で、
普通なら発売を見合わせたかも、
と思わせるミスが出だしで起きてしまい、
全体にちぐはぐな印象の演奏になってしまったので、
元々〔Disc 2〕大阪公演に期待するしかありませんでした。
一週間後に行われた大阪公演では、
ミスを挽回する意図もあったのか、
程良い緊張感のはりつめた中、
充実した響きの名演が繰り広げられていました。
この最後の全集では、
ポニーキャニオンで録音した過去2度の全集のときよりも、
アンサンブルに一層磨きがかけられ、
聴きやすく美しいオケの響きが特徴的で、
この《運命》もオケの自然な響きの中に、
朝比奈ならではの雄渾な音楽が実現されていて、
素直に感動できました。
なおエクストンから
2008年12月に発売された全集のセット盤には、
5月10日の大阪公演(Disc 2)のほうが収録されました。
こちらは大阪公演がはるかに優れているので、
今後2枚組のほうをあえて購入する必要はないでしょう。

2018年11月11日日曜日
インバル&フランクフルト放送響のブルックナー:交響曲第2番(1988年録音)
エリアフ・インバル(Eliahu Inbal, 1936年2月- )
の指揮する
ドイツのオーケストラ
フランクフルト放送交響楽団
(2005年にhr交響楽団に改称)の演奏で、
オーストリア帝国の作曲家
アントン・ブルックナー
(Anton Bruckner, 1824年9月4日-1896年10月11日)の
交響曲第2番 ハ短調 を聴きました。
指揮者52歳の時(1988年6月)の録音です。
CD4
アントン・ブルックナー
交響曲第2番ハ短調(1877年稿) [ノヴァーク版]
録音:1988年6月。フランクフルト、アルテ・オーパー
フランクフルト放送交響楽団
エリアフ・インバル(指揮)
【TELDEC 11CD 2564 68022-8】※2014年4月発売
交響曲第2番ハ短調 は、
47歳の秋(1871年)に着手、
48歳の時(72年9月)に完成され、
49歳の時(73年10月)に初演されました。
この1872年9月に完成された楽譜を、
第1稿「1872年稿」と呼んでいます。
「1872年縞」は長らく未出版でしたが、
2005年にアメリカの音楽学者
ウィリアム・キャラガン(William Carragan, 1937- )
による校訂譜が出版されました。
キャラガンの研究自体は
1990年までにまとめられていたので、
1991年には「キャラガン版」として録音、紹介されていました。
完成した翌年(1873)に初演される際、
第1稿「1872年稿」そのままではなく、
すでに若干の改訂が行われていたことから、
初演時(1873年10月)の版を「1873年稿」と呼ぶことがあります。
さらに、
初演の1年4ヶ月後(1876年2月)に再演される際、
より大きな改訂が行われました。
この再演にもとづく改訂稿を、
第2稿「1877年稿」と呼んでいます。
***
その後、
国際ブルックナー協会による校訂譜として、
ハース版とノヴァーク版が出版されますが、
1938年に出版されたハース版は、
「1877年稿」を基本としつつも、
適宜「1872年稿」の情報を織り込んだ楽譜となりました。
さらに、
1965年に出版されたノヴァーク版は、ハース版から
「1872年稿」の情報をカットする方針で編纂されましたが、
実際は、一部に「1872年稿」の情報を残したまま出版されました。
つまりノヴァーク版とは、ハース版と同じく
「1877年稿」を基本としつつも、
多少「1872年稿」の情報が残された楽譜となりました。
指揮者の判断によって「1872年稿」の部分をカットし、
完全な「1877年稿」として演奏できるようにもなっていますが、
「1877年稿」そのままだと
第4楽章に大きなカットが生じてしまうので、
録音などでノヴァーク版を用いる場合、
カットなしの「1877(+72)年稿」の状態で
演奏されることのほうが多いようです。
ざっと見た限りでは、
インバルはノヴァーク版をカットなしで演奏しているので、
「1877(+72)年稿」を再現した演奏ということになります。
※以上、主に根岸一美(ねぎしかずみ)著『作曲家◎人と作品シリーズ ブルックナー』(音楽之友社、2006年6月)と、ノーヴァク著(大崎滋生訳)「序文」(ブルックナー作曲/ノーヴァク監修『OGT202 交響曲第二番ハ短調(1887年稿)』音楽之友社、1986年5月)を参照。
***
こちらもヨッフム&
シュターツカペレ・ドレスデンの演奏と比べると、
オケの音がきれいに整えられて、スコアに書かれた音が、
すべて鮮やかに再現されているような印象を受けました。
ただ、
ヨッフムの燃焼度の高い演奏を聴いた後だと、
インバルの場合は、どこか客観的に
この曲を見つめる冷静な視線が感じられるので、
曲全体として受ける感銘の深さは、
ヨッフムに一歩譲ると言わざるを得ません。
それでも、
楽譜を見通しよく正確に再現して、
この曲のもつ等身大の魅力を自然に引き出せていると思うので、
初めてこの曲に触れる方にも、
十分お薦めできる演奏だと思います。
インバルは2011年5月に、
東京都交響楽団とともに同曲を再録音しているので、
いずれそちらも聴いてみたいと思います。

2018年11月4日日曜日
インバル&フランクフルト放送響のブルックナー:交響曲第1番(1987年録音)
エリアフ・インバル(Eliahu Inbal, 1936年2月- )
の指揮する
ドイツのオーケストラ
フランクフルト放送交響楽団
(2005年にhr交響楽団に改称)の演奏で、
オーストリア帝国の作曲家
アントン・ブルックナー
(Anton Bruckner, 1824年9月4日-1896年10月11日)の
交響曲第1番 ハ短調 を聴きました。
指揮者50歳の時(1987年1月)の録音です。
CD3
アントン・ブルックナー
交響曲第1番ハ短調(リンツ稿) [ノヴァーク版]
録音:1987年1月(ライブ録音)。フランクフルト、アルテ・オーパー
フランクフルト放送交響楽団
エリアフ・インバル(指揮)
録音:1982~88年月。フランクフルト、アルテ・オーパー
【TELDEC 11CD 2564 68022-8】※2014年4月発売
交響曲第1番 ヘ短調 は、
ブルックナーが
41歳の時(1865)に着手、
42歳の時(1866)に完成し、
44歳の時(1868)に初演されました。
この第1稿を「リンツ稿」と呼んでいます。
その後1877年と84年に細部の改訂が行われたので、
1935年に出版された
ハース校訂の「リンツ稿」(第1稿)では、
1877年の改訂を含めた状態で出版されました。
第1稿の初演から22年をへた
66歳の時(1890)に全面改訂が行われ、
翌91年に改訂稿の初演が行われました。
この第2稿を「ウィーン稿」と呼んでいます。
改訂稿の初演から2年後(1893)、
「ウィーン稿」(第2稿)に基づく「初版」が出版されました。
ブルックナーはこの3年後、
72歳の時(1896)に亡くなりますが、
1935年にハース校訂の「リンツ稿」が出版されるまで、
40年余り、第1番の出版譜は「ウィーン稿」しか存在しませんでした。
本格的な校訂譜としては、1935年に、
ハース校訂による「ウィーン稿」と「リンツ稿」が出版され、
その後、
1953年にノヴァーク校訂による「リンツ稿」が、
1979年にノヴァーク校訂による「ウィーン稿」が
それぞれ出版されました。
ノヴァーク版の「ウィーン稿」は、
実際の校訂者名をとって「ブロッシェ版」と呼ばれることもあるそうです。
このCDでは、
1953年に出版されたノヴァーク校訂による
「リンツ稿」が用いられています。
※根岸一美『作曲家◎人と作品 ブルックナー』(音楽之友社、2006年6月)と、Wikipediaの「交響曲第1番(ブルックナー)」の項を参照。
***
ヨッフム&ドレスデン・シュターツカペレを聴いた後だと、
オケの音色が澄んで、
きれいに整っていることに気付かされます。
楽譜がきれいに鳴っているので、
スコア・リーディングにはもってこいの演奏ですが、
だからといって、
きれいなだけで無表情に聴こえる訳ではなく、
感動的に最後まで聴き通すことができるので、
持っていて後悔することはない、模範的な演奏だと思います。
どちらが感動するかといえば、
ヨッフム&ドレスデン・シュターツカペレのほうですが、
全体の構造がより伝わりやすいのは、
インバル&フランクフルト放送響のほうだと思います。
音質が多少硬めに聴こえるので、
マーラーのように、
Blu-spec CD などの音質改善があれば、
なおのこと聴き映えするはずですが、
今のままでも大きな不満はありません。
